1862年3月24日、龍馬さん28歳の時、現在の高知県から愛媛県を抜けて山口へと渡った、脱藩ルートを4日間かけて旅してきました。
当時の面影が残る脱藩の道を全国にPRしようと、高知県、愛媛県の14市町村が協力してPR番組を作成することになり、その案内役として、龍馬役に「兵庫龍馬会の楠本剛会長」、その相手役のおりょう役として私が選ばれました。
「脱藩の道になぜおりょうが?」という難しいことは抜きにして、約200kmほどの道を、グルメ、温泉、笑い、涙、ハプニングと盛りだくさんの内容でお届けします!
松尾高知市長から「脱藩の道ルート案内」のパンフレットを頂き、それを手がかりにいざ出発!
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まず私たちの旅は桂浜の
銅像前から始まり和霊神社へ |
・ホテル南水→仁淀川→朽木峠へ
・葉山村→梼原町へ
「いちょうの樹」さんに宿泊し、上田さんのおかみさん、梼原町の長山さんの歓待を受け、農業体験もしました。自分たちで採った子ナスでナスのタタキを作っていただきました。とってもおいしかったです。
・掛橋和泉邸→韮ヶ峠へ
ここからが龍馬さんにとって本当の脱藩の道。高知県を出て愛媛県へ。
特にここからという境界線があるわけではないのですが、ここを越える時は感慨深いものがありました。
・男水自然公園→榎ヶ峠
→御幸の橋→三杯谷の滝→河辺村へ
「ふるさとの宿」さんに宿泊し、河辺村の稲田村長の歓待を受けました。
韮ヶ峠〜三杯谷まで、かなりキツイ峠越え等ありましたが、御幸の橋の美しさは格別で、疲れを忘れさせてくれました。
・泉ヶ峠→冨屋金兵衛邸跡(現:冨田運夫氏邸)→長浜港へ
険しい山道をわらじで歩いたり、途中雨にうたれたり、事故に遭ったりと色々ハプニングもありました。でも、実際に龍馬さんが歩いた道を140年の時を越えて歩くことができ、龍馬さんの「志」に少し近付けた気がします。
あの時代にあって「藩」という狭い考え方でなく「日本」という大きなワクで国を動かし変えていく地盤を築いた第一歩となった「脱藩」。死と常に背中合わせであった時代。今の私たちは、今日一日を生きれたことはとても当たり前で、また明日が当然のようにやってくると思っていますが、龍馬さんは今日、今を一生懸命大切に生きていました。
毎年3月24日は「脱藩祭」が行われているので、是非我こそは龍馬と思う龍馬ファンの皆様も「龍馬脱藩・ゆかりの道」を思い思いのスタイルで歩いてみて、時空の息吹を感じてみて下さい。
副会長 秋山 美和子